研究目的

現在のテレビ放送は,多くの人に同じコンテンツを配信するマスメディアの形態をとっている.このため,放送コンテンツは,制作者側から視聴者側へ一方向に流れ,視聴者は見たい情報や知りたい情報を,自分のレベルや感性に合わせて,わかりやすく視聴することができない.

例えば,野球の特定のチームを応援し,特定の選手をひいきにしている場合,その放送部分だけ特に詳しく見たいと思う.また,景気が気になっている人は,株や経済対策のニュースを盛り込んだ番組を多く見たいと思う.こういった個人のレベルや感性,好みにあった放送コンテンツを,個人が毎日視聴している番組や,ビデオを早回ししている状況から自動的に推定できることが望まれる.

このように,使えば使うほど個人のレベルや感性に適応してくる放送(個人適応)を実現するためには,大量の放送コンテンツと視聴者の間に仲介して,視聴者のレベルや感性,好みを推定し,視聴者が望んでいるコンテンツを検索して配信する,メディエータと呼ばれるソフトウェアが必要となる.本研究では,視聴者のプロフィールや行動履歴,視聴者のおかれている状況(コンテクスト)を理解しながら,視聴者のレベルや感性,好みを推定するコンテクスチャル・メディエータの構築を第1の目的としている.

現在のテレビは,テレビに向かって問い合わせる機能がないので,視聴者は知らない内容や興味のある内容について,一層深く知ることができない.例えば,「構造改革と景気回復はどのように矛盾するのか,また,両方成功させる方法があるのか」など,知りたいと思ってもそれに関するコンテンツが配信されるまで,視聴者は待つ以外に方法はない.この問題を解決するためには,テレビを見ているその場で,知らないことや知りたいこと,関心があることについてテレビに問い合わせる機能が必要である.

このように,視聴者の知りたいことや関心のあることを,その場で問い合わせることができるためには,視聴者がこれまでどのようなコンテンツを見てきたかといった行動履歴とともに,現在,どのような状況で問い合わせをしているのかを判断して,問い合わせの意図を理解し,コンテンツを検索する必要がある.また,検索された結果は,ただリストとして羅列するのではなく,それらを編集して内容的に新たなコンテンツとして提示する必要がある.本研究では,この視聴者の問い合わせに対する意図理解と,コンテンツの検索・編集を行い,視聴者の要求にあったコンテンツを自動編集して提示する,要求型インタラクティブ放送とそのためのソフトウェア構築を第2の目的としている.

現在のテレビ放送は,制作者から視聴者へ向けて一方向的に情報を伝達している.このため,番組の内容と同じ事を,視聴者が番組を見ながら実行し,理解を深めようとすると困難が生じる.なぜなら,映像放送は視聴者の行動と同期して送られてこないため,また,時間の制約に基づいて放送映像の編集が行われるため,視聴者は省略されているところを補なって考えなければならないからである.例えば料理番組を例に挙げると,番組進行の理由から,料理途中の待ち時間や調理の細かなところを編集作業時に省略してしまう場合が多い.このように,放送と実際の調理との時間軸が一致しないため,実際に料理番組を見ながら手元で同じものを作ることはできない.しかし,視聴者の行動と同期をとって放送したり,省略されたところに対して視聴者に情報を与えてナビゲーションしてくれるテレビが実現できると,料理を実際に作りつつ番組を進行させていくことが可能となる.

さらに,メガネのような身体装着型ディスプレイを用いると,視聴者の視野に番組の内容を位置的・時間的・意味的に一致させて表示できるようになる.今までのように,料理のレシピが書かれた本やテレビ画面を見ながらの調理に比べ,実際の調理道具や素材に,動きを含めて手順を重畳表示することが出来るため,格段に理解しやすい調理手順を示すことが可能となる.これは,視覚拡張型の放送であり,これが実現できると,テレビ放送のディジタル化の特徴を最大限に発揮することが可能な,全く新しい双方向情報伝達媒体として活用できることが期待できる.本研究では,視覚拡張型放送とそのソフトウェアの構築を第3の目的としている.もちろん,どこまで詳細に内容を見せてナビゲーションするかは視聴者が選択でき,同じ番組であっても視聴者個人毎に,全く違ったものとして配信することもできる.

以上まとめると,本研究では,現在のテレビがマスメディア放送の形態をとっているため,制作者側から視聴者側へ一方向に放送コンテンツが流れ,視聴者は見たい情報や知りたい情報を,自分のレベルや感性に合わせて,わかりやすく視聴することができないという問題を解決するために,次の3点を研究目的としている.

(1)コンテクスチャル・メディエータに関する研究

使えば使うほど個人のレベルや感性に適応してくるような放送を実現するために,視聴者のプロフィールや行動履歴,視聴者のおかれている状況(コンテクスト)を理解しながら,視聴者のレベルや感性,好みを推定するコンテクスチャル・メディエータを開発する.

(2)要求型インタラクティブ放送に関する研究

視聴者の問い合わせに対する意図理解と,コンテンツの検索・編集を行い,視聴者の要求にあったコンテンツを自動編集して提示する,また,放送型メディアは従来,一方向的であったが,本研究において,ユーザサイドから積極的に問い合わせて,ユーザの意図理解並びにコンテンツの検索,編集を可能にする要求型インタラクションを導入することも新しい視点といえる.要求型インタラクティブ放送を実現するためのソフトウェアを開発する.

(3)視覚拡張型放送に関する研究

身体装着型ディスプレイを用いて,視聴者の視野に番組の内容を位置的・時間的・意味的に一致させて表示し,また,実際の調理道具や素材に動きを含めて手順を重畳表示できる,視覚拡張型の放送を実現するためのソフトウェアを開発する.
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